官尊民卑の心が自分の中にある。
自分の中の官は、「思考力」だ。
「思考力」がある人を崇拝し、
「思考力」がない人間を差別する。
いつのまにかそんなモノサシが、自分に内在化していた。
結局のところ、コンプレックスなのだろう。
自分のモノサシを捨てない限り、他人を観察することはできない。
網膜には映っているけど、像を捉えることはできない。
2008年7月13日日曜日
2008年7月11日金曜日
世界にひとつだけでもない花
脱個性的な人とは、何にでも対応できる人のことをいうのだろう。
自分の主観を排除し、客観的に人を見ることができる人。
自分のモノサシで人を計ると、人を区別し差別してしまう。
しかし人にAもCもない。
ただ「そういう人」なだけなのだ。
善いも悪いもない。
ただ「そういう人」に応じて態度を変えることができるのが、「脱個性的な人」だ。
別にワタシは世界にひとつでないし、ひとつもない。
自分の主観を排除し、客観的に人を見ることができる人。
自分のモノサシで人を計ると、人を区別し差別してしまう。
しかし人にAもCもない。
ただ「そういう人」なだけなのだ。
善いも悪いもない。
ただ「そういう人」に応じて態度を変えることができるのが、「脱個性的な人」だ。
別にワタシは世界にひとつでないし、ひとつもない。
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