「比較」するということは、現代社会の「自明性の檻」の外部に出てみるということです。(見田宗介『社会学入門』)
最近、研修でグループディスカッションをしながら、気づいたことがある。
「思考する」とは、常に物事を比較して、相対的に見ることだと言い切ってもいい。
ゼミでは「思考する」ということを、「逆算法」という言葉で使用していたが、
そのときは無意識のうちに「逆算法」を使っていた。
しかし今回「逆算法」を意識化に持っていくことで、
一気に思考力がついた。
自転車に急に乗れたときみたいに、
本もよく読めるようになった。
やばい!
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